ivataxiの日記

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カニ

水槽の中には、人間たちから見れば「活きの良い魚たち」が泳いでいる。ここは「いけす」という、水槽である。「魚をその場で料理するのを見せて食べさせる」という趣向の店内の一角なのである。そのいけすの端には、透明ですべすべした平たい容器に入れて、無造作に半分つっこまれたようになっている「カニ」が一匹売れ残っていた。そのカニは妙に頭が大きく、甲羅が盛り上がった形であった。タラバガニなどとは違い、手足は小さい。どうやら、長い手足をもいで食べるカニなどとは種類が違うようであった。妙に頭が大きいその姿は、見るからに考え深げにも思えるのである。その外観はまるで「帽子をかぶった不機嫌な老人」のようにも見える。このカニは売れ残ってはいるが、もしも注文があれば板場の二人がいつでも料理をする算段である。「ちらっ」と、時折、板さんと目が合うことがあった。「このカニめ。待ってろ、すぐに料理してやっかんなぁ」という、ぎらついて残忍な目でこちらを伺っているのである。いけすの中のひまそうな魚たちも、下からこの透明な平たい容器を時折つっつくのである。魚の鼻面が当たると、大きく揺れて身の危険を感じる。そんな時には「ふん。お前らの方が先だ」と、いってやる。たぶんそれは当たっているのだろうが。カニがたった一匹しか残っていないのに食べようなんて、命知らずな客だともいえる。いけすの魚たちの心配よりも、この透明容器はだんだん傾いて来ている。中に入っている水も、おかしな匂いになって来た。おそらく店の室温で、水がぬるみカニが生息できる限界を超してしまっているようなのだ。「板さん!こっちを見るヒマがあるなら、水を替えてよ」と思う。「だんだん斜めにかしいで、水に浸かっちゃう・・ぶくぶく・・」カニは、変色し匂いを放った水にすっかり落ちて行ったのだった。