夢の電話番号2
夢の電話番号2
俺は「観光バスの運転手に憧れてなった」というのでもなかった。
単に「他よりも良い収入」というのが魅力でなったのだった。「運転 の適正」だって、そうたいしたことはない。「自動車」自体にさえ、そんなに関心もないのだから。観光バスで観光地に修学旅行の高校生を案内し、バスの待合 場所でしばしの休息を取っている所である。
この辺りは、遠州灘・浜名湖など多くの観光地が集中しているエリアなのである。今日は奥浜名湖湖岸ぞいの入り組 んだ道を走った。楽しい観光ドライブになったし、高校生たちも喜んで景色に見入っていたようだった。この休憩場所は、高台に作られた広い駐車場の横に土産 物売り場などが並び、観光バスも十分停まれる広さである。指定された自由時間の中で、高校生たちはそれぞれに、買い物・トイレ・軽い昼食などをと る。自分では、そんなに疲れていないと思っていたのだが、不覚にも待機中に寝息を立ててしまったようだった。
一度は、自分が寝ていることに気づき、目を見 開いた。だが眠気には勝てない、次の瞬間にはまた眠りに落ちていたのである。
まだ「コードの付いた黒くて大きいダイヤル式の電話」が家にもあった頃のよう だった。電話だ。誰だろう?俺と同じ位の年の女の子からだだったが、会ったことも聞いたこともない名前の女子からだった。
「・・奥浜名湖の・・駐車場・・ 会いましょう・・」その内容全部は、聞き取れなかった。
まぁ、たいした夢でもないだろうから、忘れてもかまわないはずだったが、何かがひっかかるのだった。
だが、今度はさっきよりも、しっかりと目覚めることができて良かった。
そろそろ、気の早い学生の中には、バスに戻る子もいるだろう。
俺がまだ 若い頃の夢のはずなのに「奥浜名湖の駐車場で会いましょう」と、同じ年位の女子からいわれたというのも気になっていた。何だかまるで、今とリンクしたみたいな内容ではないのか?
・・そこまで考えたが、女の子に話し掛けられて、考えがまとまらなくなってしまった。
「運転手さん・・これ・・ハイ!」と、自販機 で買った紙コップ入りのコーヒーを差し出しながら乗って来た女生徒の顔を、なぜだか見つめてしまった。
「えっ。眠いかと思って買って来たのよ。別に・・そ んな意味ないし・・」と、その子は、バツが悪そうにいう。どんどん、後ろも見ないで、自分の席に他の生徒と一緒に座ってしまった。コーヒーをも らったその女子の顔を見つめてしまったというのには、実は少し訳があった。
というのは、今しがた見た夢の中で、電話をかけてきた女子と声が似ていたからな のだった。まあ、いってみればただそれだけの話なのではあるが。ともかく俺は、その子のくれた紙コップ入りのコーヒーを飲んだ。ありがたいことに、味がど うかということは別にしても、確かに眠気には効果がありそうだった。
なのに、またしても目を閉じてしまった。
うまい具合にさっきの、夢の続きのようだ。
「・・見て・・津波よ・・」という所で、電話の向こうの声は切れた。
さっきよりもなんだか目覚めが悪いみたいだ。
昼間とはいえ、二度寝の途中にコーヒーな んか飲むからだろうか。
後ろに視線を感じて、ふと後ろを振り返った。さっきのコーヒーの女子と目が合った。でもその女子は、さっきの子供っぽい女子とは違い、なぜだかもっと大人の女性の表情に見えた気がしたのである。
俺は、クラクションを鳴らしていた。
「おい。乗る気がある奴ぁ、早く乗れ」と、ま だ、集合時間には早いと知ってバスを走らせた。
観光バスの大所帯である。走り出しても、とてもゆっくりだが、それでも確実に坂をかけ登り、更に高みを目指 していた。俺は何かに操られるみたいに、さっきまでの駐車場が見下ろせる所までバスを走らせていた。「
ははぁん・・ついにこれで、おれのクビは決定だな」 と、覚悟したら笑えて来た。
そこに、爆音が響いた。
いや「爆音」のように感じるくらい大きな音がしたのである。
バスを安全に停車させて、車から生 徒を全員降ろした。
その斜面からは、ついさっきまでいた売店や駐車場に他のバスが停まっているのも見下ろせた。
爆音から少しして、地響きがあった。どうや ら音は空ではなく、地面と関係しているみたいだった。奥浜名湖から太平洋を見渡すと、大平洋と浜名湖の境にある「今切れ」という場所に小さく橋がかかって いるのが見えた。
それは小さく見えても、実は小さい橋ではない。その橋は「コンクリートでできた世界一長い橋」だとも聞いたことがあった。
まずはそのコン クリートの長い橋を飲み込みながら、大津波が奥浜名湖に迫って来ていた。
それまでは平和だった浜名湖の喫水に、太平洋の多量の海水が一瞬で流れこんだので ある。多くの釣り船・遊舟も津波に翻弄されていた。よこ殴りに持って行かれたという風である。手の平を広げた形に入り組んだ浜名湖の入り江の隅々 にまで、津波は這い上がって行った。
奥浜名湖までたどりついた波は、さすがに弱くはなっていたのだが、さっきの駐車場の売店は、とっくに持ち去られていた。
そして、今バスを止めた斜面のすぐ際にまで、津波の端が到達して波が引き戻して行った所だった。
何気なく後ろを振り返ると、さっきコーヒーをくれた女子がいた。
「ありがとう。でもどうして、津波がわかったのかなぁ?」と、俺に聞いた。
「いいさ。これは、さっきのコーヒーのお返しだから。
それに、お 前・・前に電話で、俺に教えなかったっけ?」というと、キョトンとしていた。
まあともかくこれで、バスの運転手はクビだろう。
でも最初から、好きでやっている商売でもないし。
きっと「この日のために事前に用意されたシナリオの一部」だったのだろうと思うのである