ivataxiの日記

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傘のさし方

そういえば「傘のさし方」を学校では習わなかった。あまり生きる上で重要ではないからなのだろうか?掛け算の九九は必死に覚えさせられたが、個人的には算数はできれば関わりたくない低能力者なのだ。自分で傘を買うということがあまりない。家にあるのを適当に持って行くと女物だったりカラフルだったりするが「まあ良いか」派だ。最近では「梅雨にフラワーパークで土砂降りになって仕方なく透明傘」「京都で突然の雨でコンビニ折りたたみ傘」を買った程度。どちらも、低品質低価格無個性十分な傘だ。真剣に「デザインをどうの」と買ったのは、まだ独身時代。当時は特価1000円の傘を買うにも店のワゴンでしばらく悩んだ。今では100均でも透明傘を売っているから、物価が低下したのだろうか?人からもらった「パチンコの景品傘」は短くて車にヒョイと置いておくのに丁度いい。台風ともなると大きくて骨のしっかりした「お父さん傘」が必要だ。昨日はカラフルで骨の細い女性傘で台風に立ち向かった。一定方向一定強度の普段の風とは訳が違う。曲がり角・T字路・四辻・マンションの切れ目・太い道に出た途端など、急激に風が強くなったり、あらぬ方向からクルクルと巻き込む風などもある。普通に傘を上を向けて平然と歩いていると、傘がキノコ型に変形する。小学生は黄色い傘で逆さに上が開いたキノコ型傘で水を貯めて楽しそうだ。小学生の傘は道端の草を薙ぐにも必要で、時にはライフルの射撃の姿勢で傘を構えるツワモノもいる。体のほとんどが濡れても顔と頭は何となく無傷で帰宅したいという人情。傘をロケットの先みたいにすぼめて頭部だけ隠して風の方向の変化を傘の先で感知しながら歩いた。急激に方向が変わるエリアでは、いっそ傘は畳んだ。何とか家路に付いたが「傘のさし方を小学校で教えるべきでは?」と、今になって思うのであった。